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海外の「日本批判」を疑う

執筆者の写真: inQ educationinQ education

更新日:2023年3月15日


 

 またしても世界が日本を批判しているとの記事が舞い込んできました。


 日本の緊急事態宣言の発出があまりにも遅く、効果も期待できない、との批判らしいのですが、こういう記事こそ、裏があると疑ってかからなくてはいけません。先だってメディアリテラシーについて触れたブログに指摘した通り、何らかの bias がかかっている場合がほとんどだからです。

 というわけで、今回も原典主義で記事の真相を探ってみましょう。

 先日私のスマホに舞い込んだのは、NHK WORLD の記事でした。NHKといえば、色々な批判はあれ、その制作番組のクオリティの高さは国内屈指でしょうし、やはり多くの市民から信頼されているメディアの一つではないでしょうか。

 そんなNHKが配信した記事の冒頭は次のようなものでした。


US media are skeptical about the effectiveness of the state of emergency that Japanese Prime Minister Abe Shinzo declared on Tuesday. They questioned whether the timing was right and pointed out that there are no penalties for noncompliance.(①)

※下線引用者

【単語】skeptical「懐疑的な」/effectiveness「有効性」/noncompliance 「(規則・法律などに)従わないこと」

【拙訳】安倍総理が火曜日に発出した非常事態宣言の有効性について、アメリカのメディアは懐疑的である。そのタイミングを疑問視し、また要請に従わなかった場合に罰則規定がないことも指摘している。


 こう述べてから、記事は3つの海外メディアの記事を紹介します。筆頭はCNNの記事。ここでも NHK WORLD の記事をそのまま引用することにしましょう。


CNN said, "Despite this long exposure to the virus, the country has been slow to take the kind of radical steps seen in many other parts of the world."

The US broadcaster quoted an expert as saying, "We might see the next New York City in Tokyo."(②)

※下線引用者

【単語】despite〜「〜にもかかわらず」/exposure「さらすこと」/quote「引用する」/expert「専門家」

【拙訳】「ウイルスにこれだけ長期間さらされたにもかかわらず、日本は多くの国々がすでに踏み切っている抜本的な対策をとるのにおよび腰だった」とCNNは報じ、専門家の次のような指摘を引用している。「東京もいずれニューヨークのようになるだろう」


 ここにいう expert とは誰なのか、ちょっと気になるところです。

 そこで、件の記事の実際を調べてみることにします。引用されたのは、4月3日付で配信されたCNNのオンライン記事です。少々長くなりますが、NHK WORLD の引用元を過不足なくチェックしてみましょう。


Japan, with strong economic and transport links to China, was among the first countries to report cases of the coronavirus. For a long time, an outbreak on board the Diamond Princess cruise ship, docked in Yokohama, was the worst outside mainland China.

Despite this long exposure to the virus, the country has been slow to take the kind of radical steps seen in many other parts of the world, and officials have faced accusations of deliberately dragging their feet to avoid greater damage to the economy after the postponement of the Tokyo Olympics, which is expected to cause a big hit.

But experts have warned that the failure to respond quickly could result in a far worse situation.

"Japan needs to have the courage to change, when we are aware we are on the wrong path," said Kentaro Iwata, an infection control specialist from Kobe University, who has repeatedly warned that Japan isn't doing enough to halt the spread of the virus. "We might see the next New York City in Tokyo."(③)

※下線引用者

【単語】link「関連」/dock「波止場につける」/accusation of 「〜についての告発」/drag your feet「もたもたする、ぐずぐずする」/result in「〜の結果となる」/infection「感染」/halt「止める」

【拙訳】中国と経済と貿易の結びつきの強い日本は、新型コロナウイルスの感染例が報告された最初の国々の一つである。横浜港に停泊したクルーズ船ダイヤモンドプリンセス号における長期間にわたる感染勃発は、中国本土以外での最悪の事態となった。

長期間ウイルスにさらされたにもかかわらず、日本は他国に見られるような抜本的な対策を採るには至らず、景気回復の起爆剤となることを期待された東京オリンピックの延期決定後、経済に対するより甚大な悪影響とならないよう、政府はわざと手をこまねいたとの告発に直面することになった。

しかし専門家たちは、迅速に対処することに失敗したことによって状況はさらに悪化するだろうと警告していた。「日本は誤った道に進んでいると自覚した時点で変わる勇気を持たなければならない」そう語るのは、神戸大学の感染治療のスペシャリストである岩田健太郎氏である。彼は、日本は感染拡大を止めるのに十分な手立てを行なっていないと繰り返し警告してきた。(岩田氏曰く)「いずれ東京は第二のニューヨークのようになるだろう」


 上記を含め、これまでの日本国内の状況を簡潔に要約した後で、東京都をはじめとする府県における緊急事態宣言が発令されるに至った、と記事は結んでいます。

「ん?」となるのは私だけではないでしょう。

 ②でいかにも日本政府のコロナウイルスに対する全般的な態度を批判しているかのように見えるNHK WORLD の CNN の記事の引用は、そのじつ、ダイヤモンドプリンセス号での感染拡大を招いた日本政府の対応の遅滞について言及するものであり、そこにいう専門家(expert)もほかならぬ日本人であって、「東京がいずれ第二のニューヨークになる」という指摘は、ダイヤモンドプリンセス号の現状を危惧してなされたものに過ぎず、緊急事態宣言の準備に入った今般の日本政府の動きとは何ら関係がないものなのです。

 この記事が二重に悪質なのは、まず安倍総理が準備している非常事態宣言とは直接関係のない発言をあたかもそれに対してなされた批判のように引用している点、そして日本国内の識者によってなされた指摘をあたかも海外の論調であるかの如く引用してみせる点です。

 こういう記事を書いてしまう NHK WORLD の意図とは果たして何なのでしょう。政府を批判することそれ自体がジャーナリズムのraison d’être (レゾンデートル=存在意義)であると信じているのでしょうか。それとも現政権の批判と打倒が国民に利するものと信じ、嘘も方便を貫いているのでしょうか。はたまた、単に読者を煽るような記事を書いてアクセス数を増やそうと目論んでいるのでしょうか。

 一国民たる私としては、こういう記事を読むにつけ、その意図の如何を問わず、ただただ鼻白むばかりです。

 東京都の小池都知事の記者会見のあとの質疑応答で、当局の後手に回った対応を糾そうと声を震わせる記者が必ずいます。「そうだ、そうだ、もっと追及しろ!」と思って視聴している国民なり都民なりがどれほどいるものか、疑わしいものです。視聴者が知りたいことを代弁するためにあの席に陣取っているはずの記者が、全然肝心なことを聞いてくれないともどかしく思う人のほうが圧倒的に多いのではないでしょうか。今は条件反射的な反政府的言動に酔いしれている場合ではないと思うのですが、いかがでしょう。

 ところで、今回のブログといい、先だってのブログといい、海外のメディアが日本を批判するはずがない、という前提で私が物申していると皆さんがおとらえになったとしたら、それは間違いです。海外のメディアの日本評は、もっと辛辣で、かつは的を射ているものも少なくありません。朝日新聞にしろNHKにしろ、自虐的に振る舞いたいのなら、そういった記事をこそ引用すべきですが、容易く手に入る無料のオンラインの英文記事を小手先で切り貼りして我田引水するのが関の山、日本人にとって本当に耳に痛いことが書かれている記事など金輪際引用するつもりはないようです。

 これは11日付で配信されたWashington post の日本駐在特派員 William Pesek によって書かれた記事の引用です。配信されたものを開こうとすると subscribe(定期購読)の画面に飛んで記事は読めないのですが、どういうわけかアプリを落として開くと当該記事は無料で読めてしまいます。


Yet the vast majority of Japanese are still going to the office and taking crowded rush-hour trains. Japan Inc.’s traditions and rigidities are proving quite incompatible with teleworking booms abroad. Old habits die hard in paper-based Japan. Documents of all kinds require a physical stamp from an employee’s hanko, or personal seal.

Another roadblock is the outsize influence of Keidanren, Japan’s main business lobby and a major political contributor. Its power explains the epic foot-dragging over postponing the Summer Olympics until 2021.

※傍線引用者

【単語】Inc. 「法人、会社」/rigidity「硬直性」/incompatible with「〜とは相入れない、両立し得ない」/old habits die hard「一度身についた習慣はなかなか変えられない」/roadblock「障害物」/outsize「特大の」/lobby「ロビー、圧力団体」/contributor「出資者」/epic「叙事詩的な、空前の」/foot-dragging「引き延ばし」/postpone「延期する」

【拙訳】にもかかわらず、ほとんどの日本人がいまだに出社し、ラッシュアワーの混み合った電車に乗っているのである。日本企業の伝統と硬直性は、海外のテレワークのブームに完全に乗り遅れたというほかない。日本は「紙文化」が基調にあり、古い習慣はなかなか変えられないというわけだ。あらゆる文書が「ハンコ」という、社員個々の認証としてあるスタンプを求められる。

そしてまた、日本の主たる圧力団体にして出資者でもある「経団連」の強大な影響力も障害として立ちはだかる。東京オリンピックを2021年まで延期するにあたって、大きく足を引っ張ったのが彼らだといえば、その力の大きさがわかろうというものである。


 最近知ったのですが、日本のIT担当大臣は「日本の印章制度・文化を守る議員連盟」(通称:はんこ議連)の会長だとか。日本語の「文化」ということばは、「不合理」という意味で使われることがしばしばです。そういえば、「不倫は文化だ」と豪語した芸能人の方もその昔いらっしゃいましたっけ。

 今般、新型コロナウイル騒動を受け、私たちも対面授業からオンライン授業への移行を余儀なくされました。そうなることを見越して前々から準備を進めていたのですが、何が寂しいといって、日本製のめぼしい会議システムがほとんど存在しないことでした。前職でサウジアラビアに出張に行く機会があり、リヤドの税関で「おまえはApple製品ばかり持っているが、なぜ日本製を使わないんだ」と真顔で問われたことがあり、以来思うところあって極力日本製のものを使用しよう、身につけようと心がけてきた私です。会議システムも日本開発のものを、とこだわって色々と調べてみましたが、スマホやタブレットでアプリをダウンロードするだけで誰もが即座に使えるもの、となると日本製はもう皆無です。とういうか、コスパと利便性からいって ZOOM 一択という状況です。しかし ZOOM は安全性に問題があるというのはもはや周知。では何を使えばいいのか。識者や政治家が「教育のオンライン化を促進する絶好のチャンスである」などと発言されるのを聞くにつけ、コンテンツ開発における日本の貧しい状況をわかって言ってらっしゃるのだろうかと、ちょっと悲しくなります。教育のICT化とはよく耳にしますが、汎用性の高い独自の会議システムひとつ持たない日本にそれが可能なのか、甚だ疑問です。

 この新型コロナウイルス禍によって、世界は大きなパラダイム(ものの見方やとらえ方)転換を強いられると多くの識者は論じています。世界は一つになるのでしょうか。それともローカリズムが進むのでしょうか。蝸牛角上にて世間を見渡す私にわかろうはずがありません。ただひとつ言えることは、私たちが当たり前のものとして受け入れてきた不合理のいくつかが roadblock として顕在化し、否応なくそれに対する態度を迫られるだろうということです。

 メディアリテラシーを磨くことは、来るべきその時、正しい判断を下すための訓練の一つだと、私はとらえています。(F)

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